ココロの漢方

写真の為に北海道から小笠原まで住み込みながら放浪し、町工場の溶接工からホテルマンなどをやってきた、一風変わった薬剤師が日々の思いを綴ります。

「カエルの子はカエル」を受け入れるということと、自立するということ

カエルの子は、カエル

 

本当に嫌いな言葉でした

 

嫌で、嫌で国内放浪とかしたりしてるうちに

 

気づけば30を過ぎ

 

世間も20代のときとは、ぜんぜん違う扱いになっていきました

 

 若いうちは何でもやってみることだね〜、と何でも笑顔だったのが

 

そろそろね〜・・・何か決めて動かないとね〜、そのまま一生フラフラするの?

 

って、こういう感じでガツンとドライに変わるんですよ^^;

 

親父は高卒のサラリーマンなんですが

 

オレは、満員電車で通勤はせん、絶対にサラリーマンなんぞにならねー

 

と、どこぞの自己啓発本で仕入れてきた

 

自由人

 

になるんだ〜と、(※真の意味での自由人は悪いものではないと思います、あしからず)

 

好奇心の赴くままに、北海道から小笠原諸島、

 

色んなところに行き

 

色んなことをやりました

 

ここ、富山に来たのもその一環

 

30過ぎて、フラフラするも何も、

 

だって、オレは自由人やから〜

 

と言ってごまかすものの、

 

心の中はカイジの漫画みたいにざわざわ言ってました。

 

放浪生活も、言うほど楽なものではなく

 

実家に滞在して、親に無心したこともあります。

 

まあ、出してくれましたが

 

じゃあと、実家を出るとき見送ってくれた顔は、あまりいい表情とは言えませんでした。

 

小さい頃から何か1つのことを、スポーツ選手や音楽家みたいに極めてきたわけでもない

 

26歳まで大学生やって

 

27歳から、やっと世間に出た遅咲き

 

2回めの就職したと思ったら、経営者と大喧嘩して、互いに譲らずクビになる

 

かといって、落胆してばっかりしていても仕方がないので

 

自分なりに、いろいろやってみるものの、うまくいかないというより

 

しっくりこない

 

人の人生なぞっているような、あかん感じしかしない

 

いったい、自分が本当にやりたいことは何なのか

 

姓名判断から誕生日占い

 

オーラの見える人に聞く

 

自己啓発本読み漁る

 

学生時代は学生特権使って、経営者に会いに行ったり。

 

一流の人のセミナーとかにボラスタで潜りこんで、スタッフ特権で聞きまくる

 

思いつく限りのことをやっても

 

一流の人ほどそうでしたが

 

答えを教えてくれない

 

やっぱり、反省して薬剤師の求人見て、地道に会社員やらなあかんかなと思って、就活するも

 

30過ぎて、ふらついてた人間には厳しく、紹介会社に履歴書送ってから、鼻で笑うかのように一切音沙汰ないこともよくあった。

 

どうなるんやろ、オレの人生・・・

 

でも、諦めたくない・・・

 

諦めたくない・・・

 

 

そんなあるとき、尊敬している方とお話していて、人生相談になったとき

 

 

なんかね〜、自分でないものになろうとしてる気がするんだよねー

 

カエルの子はカエルだと思うよ。

 

 

ひろせ君は、 カエルの子はカエルってどう思う?

 

 

と言われて、即答。

 

 

そんな、ク○みたいな、ふざけるなというか、江戸時代のアホ共が士農工商で庶民を縛り付けて夢を見させないために作った言葉だと思います!

 

 

と激情。

 

 

その方がどう答えたか覚えてないんですが、う〜ん、本当にそうかな〜という感じでした。

 

その節は、すみません、いや本当に。

 

 

まったくけしからん!!

 

 

と、自由人になるんだ〜と

 

 

相変わらずモラトリアムで自分探しのような日々

 

 

気分はどん底でした。

 

 

辛くて辛くて、ひとりで泣いてたこともよくありました。

 

 

いよいよ、もう限界ってときにカエルの子はカエルという言葉を思い出しました

 

 

親父は確かにサラリーマンでしたが、よく考えれば

 

 

というか、考えなくても、さんざん小学生のときにしごかれましたが

 

 

剣道の先生

 

 

です。今も昔も。

 

 

その親父である、元帝国軍人のじーさまもまた、同じ剣道7段の先生でした

 

 

その親父である、羊羹が甘くないと砂糖かけて食っていたという伝説の曽祖父は、師範学校出の校長先生でした

 

 

そう、カエルの子はカエル

 

 

うちの家系は代々、

 

 

何かを教える

 

 

ことに就いてきた家系。

 

 

母方は、祖父は職人で自分で阪神大震災の震度7強でもびくともしなかった工場をつくり、自分で運命を切り拓いてきた人

 

おかんは、職人の娘だけあって、色んなことを自分で直したり作ったりしてましたので、小さい頃から、一般家庭レベルを超越する専門的な工具が大量にある環境で育ちました

 

サイモン&ガーファンクルや、映画サントラ、クラシックの音楽のレコードが大量にあり、それを33回転とか45回転とかあえて、違う回転数にして変な音にして遊んで育ちました。

 

もちろん、まじめに聞くことも多かったんですが。

 

芸術的な感性は、母方でしょう

 

 

ある時、実家に帰ったとき、絵に描いたような花より団子の剣道野郎の親父が、ビールをひとしきり飲んだあとに

 

オレは昔、写真家だった

 

とか言い出すんで、酔っ払ってふざけてるのかと思ったら

 

押し入れから、古いカバンに入った

 

70年代の35ミリのフィルムカメラと、単焦点レンズとカラーフィルターや三脚、レリーズ一式が出てきてびっくしたこともあるので、今の親父からカメラのニオイはまったくしないが、芸術でも写真好きだけは親父譲りかもしれない。

 

 

人に何かを教えていく・伝えていくカエル

 

 

職人気質のカエル

 

 

自分には何もないと思っていたけど

 

 

放浪含め、酸いも甘いも色んな経験を積んできたからこそ、語れるものがある

 

挙げればキリがないけど、洋楽レコードのおかげでまあまあ英語ができることや、芸樹的感性、職人気質の凝り性なんかはれっきとした強みやし

 

一旦、こっちに目を向けるとどんどん、見えてくる

 

 

 

なんや、ちゃんと持っとるやないか・・・

 

 

そんな意味合いでも、ブログを通して多くの方に分かち合うことができればと思い

 

 

こうして、記事を書いています。

 

 

 

 

 どうにも、自立というものは、、、

 

 

 

カエルの子はカエル

 

 

 

を、深い意味で感じたときに

 

 

 

できるものであるのかもしれません。

 

 

☆今回も、最後までお読みいただきありがとうございました☆彡

 

 

庭にいた、シュレーゲルアオガエル?のこども

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#わたしの自立

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