ココロの漢方

写真の為に北海道から小笠原まで住み込みながら放浪し、町工場の溶接工からホテルマンなどをやってきた、一風変わった薬剤師が日々の思いを綴ります。

「与えること」が苦手だった僕が心がけたことと、徳川家康と寺の鐘

 与えることが大切、と言われても、僕は苦手でした。

 

20代までは、全くと言っていいほどこれが出来ずに難儀しましたね。

 

 

できる人が本当に羨ましかった。

 

 

与えないでおいて、向こうから来ることだけはしっかり期待することほど愚かなことはない

 

 

と実感。

 

 

与えるのが苦手でも、どうやって苦手意識が薄れていったかというと

 

 

なんで、与えたくないのか

 

 

を感じるようにしました。

 

 

その結果わかったのが、

 

 

 

目先の損得に囚われてる場合が多い

 

 

 

ということです。

 

 

 

家に友達が遊びに来て、お菓子いっぱい出そうと思ったけど

 

いや、ここで出すと、このお気に入りのお菓子食べれる量が減っちゃう

 

出さないでおこう・・・。

 

結果、お気に入りのお菓子は一人でこっそり食べれるけど、お腹はいっぱいでも、どこか心はスカスカです

 

 

こういう場合は極端でも、まあ、こういうヤツでしたよ、僕は(笑)

 

 

親の影響を結構受けると思うんで、親がバンバン持ってけ持ってけタイプで幸せそうなら、子供もそうなるでしょうが

 

うちは、記憶がないんでそういうことをしていなかったんでしょう。

 

親のせいにしていると、いつまで経ってもダメなので

 

 

もう、冒険するしかないです。

 

 

今までと、逆のことをエイヤッとやってみる

 

 

二度あることは、三度ある

 

 

同じようなシチュエーションで、いつものように目先の損得に囚われそうになったら

 

 

自分の中で抵抗を激しく感じますが

 

 

いつもと逆、えいやっと、どうにでもなれと思いっきり出していく

 

 

渋々ではなく、思いっきりが大切。

 

 

出してみて、あれ? 思った以上になんてことないし、雰囲気もいつもより楽しい。減ったら、また買えばいいやんとわかると、今回は結構冒険した感じがしたかもしれないけど、次からはもっと気楽に出せるようになっていって、弾みがついていく

 

 

最初はお菓子のレベルでも、出していく、与えていくことを訓練のようにやっていくと、始めはたどたどしくても、出すことにだんだん慣れてきて弾みがついてきて、知識や経験レベルでもできるようになってきます。

 

 

 

徳川家康と鐘

 

 

 

のたとえ話が好きで、よくするんですが

 

 

徳川家康が小さいころ、まだ竹千代と呼ばれて今川家の人質だった頃に

 

今川の家臣に肩車されて、キッズ竹千代くんが

 

オッサンちょっと、あの、寺の鐘を動かしたるわいや〜

 

と言ったらしいのです。(知らんけど)

 

 寺の鐘といえば、重厚な金属の塊、重くて大人でも動かすのが大変なもの

 

これを、こんなガキンチョができるわけないやんけ〜と家臣一同笑ったものの

 

まあ、やってみなはれ

 

と、キッズ竹千代くんにやらせたところ

 

気づくと、寺の鐘がぐわんぐわん動いていて、家臣一同ビビりまくったという話。

 

この家臣、桶狭間で生き残ったんでしょうね、この話が伝わっているということは・・・

 

ともかく、キッズ竹千代くんがしたことは

 

重い鐘を、最初は1ミリ動いたものを、戻ってきたときに押し返すと2ミリになる

 

2ミリが4ミリに、

 

4ミリが8ミリに・・・

 

やがて大きな動きになっていく

 

将来、鐘の文字の国家安康で難癖つけることになるのはさておき、

 

徳川家康が好きかどうかは置いといて、好きな逸話です。

 

 

最初は、小さな動きでも続けて弾みがついてくると、大きな動きに変わっていくのです✨

 

 

 

☆10月3日より、ココロの漢方として、ブログ名を一新しました。

 

 

読んで心が軽くなった、面白かったなど読んでいただいた方の心境に少しでも変化があれば幸いです。

 

 

今後とも、よろしくお願いいたします^^

 

 

広瀬謙典

 

 

☆今回も、最後までお読みいただき、ありがとうございました☆彡