漢方好き!異色の経歴の若き薬剤師のぶろぐ

漢方薬局におった、北海道から小笠原諸島まで全国放浪歴あり、異色の経歴をもつ薬剤師のブログです。 自身の経験にもとづく考えやアイデンティティの発信の場として、交流の場として活用していきます^^ 今年度中の独立起業のため奮闘中

閑話休題。小説:世にも不思議な?大木のものがたり~樹齢800年のクスノキ@大阪市北区~

 

前回、前々回と内容が暑苦しかったので今回は閑話休題、

 

4年前に経験した不思議なお話を小説形式で。

 

 

大阪の淀川沿いの、大阪市北区も本庄と言われる地区には、樹齢800年というクスノキがある。

 

しめ縄と紙垂が巻かれた、1年を通して常緑の立派なご神木レベルの巨木。

 

この木は、意識していればJRの京都線(東海道本線)の新快速などから普通に見ることができる。

 

京都方面に向かって右側、淀川の大阪寄りの本当に、JRの鉄橋のすぐそばに鎮座している、この巨木。

 

戦争中の、酸鼻をきわめた大阪大空襲でも焼け残ったが、クスノキはもとより樟脳(精油)が多いので焼夷弾で木の肌が一部が焼けて、今でもその後が生々しく残っている。

 

 

JRの鉄橋から見える今の淀川は、実は明治時代に作られたものである。

 

古来より氾濫が絶えず、川をまっすぐにして大阪湾に放流することによって洪水被害を抑えるためだったらしい。

 

本来の淀川は、この巨木から1キロほど淀川を遡ったところにある、毛馬閘門(けまこうもん)から先の大川と呼ばれる、桜ノ宮の帝国ホテル付近を流れる川が本来の淀川だったそうだ。

 

なるほど、川がほぼ垂直であり、昔は洪水が絶えなかったというのがよくわかる。

 

毛馬閘門は、現在でも稼働していて、これはいわゆる「運河」である。

 

今の淀川と、大川は水面の高さが違う。

 

淀川は今でも砂の運搬船が航行しており、前後の門が閉まって水量調節をしつつ行き交う姿を今でも見ることが出来る。

 

 

なぜ、この話をしたかというと

 

 

今の淀川を明治時代につくるというときに、このクスノキの巨木を切り倒すことができなかったらしく、この木を避けるようにして淀川が作られたという。

 

廃仏毀釈が盛んであった明治の世であったからなのか、切り倒されなかったことは凄い。

 

 

この前を通るときは、足や自転車を止めて、よくペタペタと木に触っては、立派な木やな~と大木を見上げていた。

 

 

かつて、大阪に住んでいたときはこの近辺に住んでいた。

 

家賃が水道代含めて4万円代前半という格安賃貸物件であったが、マンションで、エアコン付きで、目の前は淀川の河川敷で都会にしては緑が多く、夜には9階のベランダから新大阪のキーエンスなどのビル街の夜景が見えるという、ある意味で一等地であった。

 

薬剤師の国家試験を受験すると決意した時、僕は既に2回落ちていた。

 

このたぐいの試験は、大学受験も二浪しているので(おいおい^^;)よくわかるが

 

2回以上、本気で勉強して落ちると急激にモチベーションがダウンして落ちグセがついてしまい、かなり合格は難しい。

 

2回とも本気で勉強していなかったのはさておき、

 

しかも、自分の場合は学生時代は本気で薬学部の授業が嫌いだったので、最後に勉強したのが5年前であり、基礎分野の物理化学や有機化学、生化学に至っては8年近く手付かずで、この時点で1年ない期間での合格はかなり困難な状況だった。

 

 

9月、もう受験をやめようかなと思った。

 

 

昨年、北海道や小笠原諸島などを転々と旅した自分にとって、室内で黙々と勉強など苦痛の帝王でしかなかった。

 

あと半年を切り、難易度の高かった前回の第99回国家試験を踏まえて、今年度の100回も難しくなると言われていたし、ほとんど勉強もできていないので、そう思うのも無理はない。

 

大阪の真夏は夜中の1時に31という、とんでもない酷暑であるが、9月になれば比較的涼しくなる。

 

その日も、マンションの部屋でうとうととしていた時のことである。

 

 

夢を見た。

 

 

白か金色か、そんな感じのヘビが出てきた。

 

しかも、写真でいうところの露出オーバーみたいに、やたら周囲が白くまぶしい。

 

そして、あろうことか右腕を咬まれた。

 

すると、人が出てきた。

 

サングラスをしていたような、男性だったような記憶がある。

 

その人が言った。

 

「今、手元には解毒剤がある。どうする?」

 

と。

 

いや、それは生きたいです!と言うと、血清のようなものを打ってくれた。

 

その人に医師免許や看護師資格があるかどうかはどうでもいい。

 

 

なんか、腕に注射されて目が覚めた。

 

生々しく記憶が残っており、目がすわってただただ、呆然としていた。

 

窓の外はまだ明るい。

 

 

ベランダに干していた布団を中に入れたばかりで、きちんと敷いてない状態のまとまっているところに横になっていた。

 

 

これは、自分でもなぜかよくわからなかったが、直感的に

 

「あの木が絶対に関係している」

 

と目が覚めた直後に感じていた。

 

 

ヤバいトンネルは勘でわかるが、別にモノは見えないので霊感が強いわけでもなく、また神社仏閣巡りが趣味で、神社で撮った写真に龍神様が写ってると喜ぶタイプでもない。

 

 

ただ、なんとなく、あの木かなと思い当たるフシがあったのだ。

 

 

毎日のように触っていたのは

 

 

夢で白ヘビに咬まれたのと同じ、右手だったこと。

 

 

そして、国試受験を諦めて捨てようとしていたこと。

 

 

これは、試験諦めたりしたら右腕もっていかれるか!?

 

 

と思うと、怖くなった。

 

 

そこから一念発起して勉強することにした。

 

11月にもやっぱりブランク長すぎて無理かと思ったけど、出会った人のおかげで諦めることなく、図書館で専門書借りたりして本質的な学問としての勉強に打ち込んだ。

 

 

この年度の国家試験は、正規の合格者が4割台での前代未聞の結果となり

 

 

就職内定者が半分以上取り消しになった場合もあったらしく

 

厚生労働省が、特別措置として15点近く加点した異例の国試であった。

 

それにもかかわらず、加点の有無に関係なく上位の成績で合格することができたし、本質的な学問を勉強していたので、今でもその知識や勉強法を使うことができている。

 

 

もちろん、クスノキの巨木にも合格の報告に行った。

 

 

以来、ヘビに咬まれる夢は見ていないが、どうにもこうにも年季の入った巨木には、不思議なものが存在すると感じている。

 

この話を書いたのは、木のことを思い出したのもあるが、

 

 

最強のゴリラにひたすら追いかけられてなんとか逃げ切るという、起きてからもうなだれるような、なんともいえない夢を見たからでもある。

 

正直、笑えなかった。

 

今度住む家の庭には、立派な八重桜の巨木と、近所には道路工事でなぜか切り倒されず残っているつままの木の巨木がある。

 

木にとことん縁があるらしい。

 

最近はご神木には触っていないが

 

 

また、あのときのように、諦めず自分の運命を拓く時期が来ているのかもしれない。

 

 

(完)

 

↓ 樹齢800年のクスノキ。JR鉄橋より、大阪側の、京都方面に対して右手側からみることが出来る。

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