日本一ナマケモノの薬剤師(自称)、広瀬謙典のぶろぐ

北海道から小笠原諸島まで全国放浪歴あり、日本一ナマケモノ(自称)薬剤師「広瀬謙典(けんすけ)」のブログです。漢方薬局にいたこともあります。今は富山に静かに住み着いています。好奇心の赴くまま、色んな経験を積み、気づくと、あなたは何になりたいのか、どういう方向性なのかよくわからない大賞受賞。仕方ないので、過去の経験から、せっせこ溜め込んできた知恵や知識などをつらつらとブログとして書きます(^^)/  ジャグリングのできる薬剤師を目指して富山の片隅で少しだけがんばってます

小説:4年経ってたんで、空知100キロウォーク完歩ものがたり〜前編:なんば歩きと、スタートから50キロまで〜

フェイスブックには、おなじみの

 

・・・年前の今日

 

という機能がある。

 

それ以外のことを全く覚えていなくても、それを見るとその光景が思い出されて懐かしくなる素晴らしい機能の一つ。

 

6/16、4年前の今日の機能で、完歩した100キロウォークの事がでてきた。
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そう、あれは4年前北海道にいた頃の話。

 

住んでいた場所は、北海道でも

 

空知(そらち)地方

 

と言われる場所で、毎年

 

空知100キロウォーク

 

が、空知単板という会社が主催で行われている。

 

今の事情はよくわからんが、その当時は、空知単板と関わりのある会社の人だけが参加できる仕組みで

 

当時勤めていた会社の社長が

 

「広瀬、お前100キロウォーク出ろ。参加費は出してやる」

 

「いや〜、いっぺんやってみたかったんですよ〜」

 

という、軽いノリで受けてしまったのが、地獄絵図の始まりだった。

 

うちの会社では、昨年上位一桁まで食い込んだ人も参加することになり

 

その人は、何やら30キロくらい歩いて練習をしていたが

 

オレは

 

「普段、走ってるから大丈夫」

 

と、ランニングシューズを一新しただけ。

 

あとは、古武術で有名な

 

甲野善紀先生

 

なんば歩き

 

を研究して、当日これで臨むことに。

 

これが、その後の体調を大きく左右することに。

 

さすがに、これだけでは直前不安になり、ネットで情報を調べると

 

色んな、完歩者の情報が出てきたが

 

その中でも、今でも覚えているのが

 

50キロ歩けたら、60いける。
60いけたら、70いける
・・・
・・・

 

90いけたら100いける。

 

と心のなかで唱える

 

という内容。

 

これだけ覚えて、

 

会社から、ウエストポーチを借りて

 

大福餅に塩をふったもの

 

マラソン用ワセリン

 

交換用ランニングソックス2足、交換用速乾シャツ

 

防寒・レインコート兼用ゴミ袋

 

分岐鎖アミノ酸を補給するための、アミノバイタル

 

夜間歩行用ヘッドライト

 

を持参して、臨むことに。




当日、、、





遅刻(笑)

 

 

出発式の最後、おーっ!と声をかけるヤツ

 

だけ参加w



スタートには間に合ったのでよし。



土曜日の朝8時、スタート。

 

早い人たちは、さーっと行ってしまう中、

 

なんば歩き

 

うまく歩けてたか今でも謎やけど、とりあえずこれで歩く。

 

なんで、なんば歩きにしたかっていうと

 

今の歩き方は、西南戦争で

 

鎮台の兵隊が、いざ白兵戦になったときに、

 

鎮台の兵隊は、士族あがりよりは、農民あがりが多く

 

薩摩示現流にビビって逃げようにも、走り方を知らないからやられまくった

 

話があり、

 

業を煮やしたので

 

旧士族中心の警視庁抜刀隊

 

とか

 

短距離で全力で逃げるためにドイツ式の、現在の走り方を導入するに繋がったようだ。

 

ほんと、昔の人は、飛脚や武士の刀を振らずに走るなんば走しかなかったわけで

 

ということで、今の

 

手と足を交互に出す

 

歩き方・走り方は、短距離ならともかく

 

長距離なら、よほど関節が丈夫でない限り傷める。

 

これは、100キロウォーク中にもわかったことで

 

後ろから見ていると、

 

やっぱりグリッグリッとおしりがねじれていて、股関節に相当負担かかっているのがわかった。




楽しかったのは、15キロまで。




20キロを超えたあたりから、水ぶくれが出来てきた。

 

これが、後々厄介になるが、その話は、また今度。




30キロで、さすがに周囲の人からも笑顔が消えて、苦笑にかわる。




あと、、、

 

70キロ、、、

 

あるんか・・・。




みたいな。




この日はたしか、30℃とまではいかんでも相当暑かった。




30キロおきに交換するために持ってきた靴下交換。



チェックポイントの、きゅうりの一本漬けが、身に染みる。





早い人は、ここでリタイヤ。

 

なぜかというと、

 

足の皮ずるむけてリタイヤ

 

見た目からして体重がある人が、多かった。

 

このリタイヤが一番つらい。

 

気力体力はあるのに、物理的に無理なだけなので。

 

意外と盲点なので、ここも出発前に落とせるぶんだけ落とすべし。

 

40キロから、本当に苦しくなった。

 

まるで、股関節や膝や筋肉がコンクリートに固められたみたいに動きにくい。

 

イメージで言うと、

 

映画「ターミネーター2」

 

の、液体金属の敵キャラが

 

液体窒素でカッチカチに固められて

 

徐々に凍っていって

 

歩きが鈍くなり、ピタッと止まる

もう、マジでこんな感じで歩いてたw 

 

 

あの、歩きが

 

がしっ、がしっていう感じで

 

股関節固めるコンクリートを砕きながら歩く感じ。

 

あと、40キロ以上はフルマラソンを超えるので

 

脳みそにとっては、未知の領域。

 

危険信号ならして、止めようとするのも無理はない。

 

何より、ありがたかったのが、ほぼ10キロおきのチェックポイント。

 

40キロ地点以降から、ボランティアによるマッサージがあり

 

これが、マジでありがたかった。

 

おねーさんにやってもらい\(^o^)/

 

元完歩者なので、まだこの状態なら大丈夫と言われる。

 

しかし、柔らかくなって楽になったと思ったのも束の間。

 

5キロくらいで、またターミネーター状態(笑)

 

50キロ地点のチェックポイントについたのが、なんと夜の10時。

 

真っ暗。

完全になめてたw 

 

豚汁や、おにぎり、はちみつレモンや梅干しが振る舞われる。

 

ここで、かなりの人がリタイヤ。

 

肩かつがれて、引きずられながらリタイヤの人

 

自分も、自分もと、続々飯を食ってからリタイヤする人を横目に

 

てか、満腹になると動けなくなると思い、軽めに済ませて

 

と言いつつ、全部一応いただいて

 

特に、梅干しと、はちみつレモン

 

はたくさん食べた。

 

クエン酸補給。

 

これを怠ると、ターミネーター状態になるので。

 

歩きだそうとして、??となる。

 

動かない。

 

痛い。

 

仕方がないので、

 

無理やり、コンクリートを砕くように

 

舌を噛まないように、奥に引っ込めて、予め奥歯を噛んでから

 

ふんむーっ!!!

 

と、唸りながら立つ。

 

痛いなんてもんではなく、

 

映画とかの拷問シーンで出てくる、舌を噛み切らないための

 

かませ棒

 

を持ってこなかったことに後悔したほど。

 

そして、心の中で思う。



「これで、、、



半分の距離なんか・・・」



そして、直前にネットで見た言葉を思い出す。

 

「50いけたら、60いける

 

60いけたら、70いける

 

・・・

 

90いけたら100いける」

 

ってやつ。

 

これを、まるで呪文のように唱えながら、

 

真夜中の新十津川の町中を、ヘッドライトつけてゾンビのように歩き続けた。

 

昼の25℃以上とはうってかわり、

 

寒い、もう、マジで寒かった。

 

6月の北海道の夜は、気温一桁はザラ。

 

この日も、吐く息は白く、持ってきた速乾下着全部着込んで、ゴミ袋被って・・・。


ヘッドライトによって、照らし出される石狩川の川霧の濃霧の中を、ただただ歩く。
 

 

そして、60キロ地点で、さらに身体に異変がおきて、リタイヤが頭をよぎる・・・




というより、心は、ほぼリタイヤに傾いていた。




この地獄の激痛と、苦痛の中、まだ40キロを徹夜で歩く必要があるという苦しみ




睡眠不足と疲労と痛みは、理性というものをいとも簡単に奪っていく。




続けるか・・・

 

やめるか・・・




(続く。)




ひとこと。

 

たまにロキソニンとか飲んで痛みを麻痺させて歩く人いるんですが

 

あれ、絶対NGですよ。。。

 

痛みは、危険信号なんで、ほんまにヤバい時は、リタイヤしたほうがいいです。

 

危険信号止めて何かをやるなんて、危険極まりない行為です。

 

痛み止め切れた時の激痛で、初めて重症に気づくようやと、傷めた箇所の回復で後々困るし、他に怪我してるかもしれないのを放置することになるので。