漢方好き!異色の経歴の若き薬剤師のぶろぐ

漢方薬局におった、北海道から小笠原諸島まで全国放浪歴あり、異色の経歴をもつ薬剤師のブログです。 自身の経験にもとづく考えやアイデンティティの発信の場として、交流の場として活用していきます^^ 今年度中の独立起業のため奮闘中♪

近くを通ったので、中江藤樹先生の墓所訪問と思いがけない出会い♪

研修で滋賀県に行ってました♪



研修は研修で面白かったけど、



すげー、ベタな話になりそう



なので、別ネタ



あ、文章におこすのがめんどくさいわけじゃないですよ・・・。 





中江藤樹




という人のはなし。





大学生の時



近江商人であることを誇りに思っている経営者の人



にお会いする機会があって



①近江商人のあるべき姿を感動の映像化「てんびんの詩(うた)」
②近江聖人「中江藤樹」



の合計しめて



7万円相当!!!



の二種類のDVDを



タダでもらった



ことがあり



このときもらったDVDのおかげ




中江藤樹 先生




のことを知ることになりました。



ふつーは、内村鑑三の
 
 
「代表的日本人」
 
 
から知るようですが・・・。



この人は、江戸時代初期の人




陽明学




と言われる学問が日本で学ばれるようになったきっかけ



を作った人≒日本陽明学の祖



と呼ばれる人で



陽明学の説明は省略しますが



要は



「教育者」



です。





好きなエピソードがいろいろあるんですが



藩の公金である大金を落として困っていた飛脚を、馬で長距離を走って追いかけて、落としたお金そっくりそのまま全額を渡した馬子の話(馬子という身分が決して高くない者も、中江藤樹から教えを受けることができた)


生まれつき読み書きに難儀する障害があったけど、どうしても医師になりたいという弟子のために、自分でその弟子のためだけの医学書を書いた話(その弟子はその後、名医となる)


酒を1マス五文で売っていたが、代金は今でも田舎の生産直売所でみかける「代金箱にお入れください」って制度で、誰も見てなくてもお金をみんなが払っていたこと


家の近くの小川に鯉が泳いでて、誰かが盗んでも、また他の誰かが「先生が悲しまないように」と鯉を入れていたこと


死後200年以上経って、ある武士が農作業中の農民に「中江先生の墓はどこか?」と尋ねると、その農民はかみしもを付けて正装した格好にわざわざ着替えて、お墓を案内し、そのお墓はキレイに整備されていてその武士は感動した。

 

その武士は、大塩平八郎だった。



など多数あります。



陽明学のことを知ったのは、
 

 

司馬遼太郎氏




IMG_2542


という、

 

竜馬がゆく

 

 

坂の上の雲



とは違う



司馬遼太郎氏の作品の中でも



かなりマイナーな作品



にでてくる



 

河井継之助(つぎのすけ)



 

という人がきっかけなんですが



これを解説してくれている本が意外と少なく



林田明夫先生の



真説 「陽明学」入門
 
真説 「伝習録」入門



学問的な意味合い



でおもしろかったですね。

 

 

 

中江藤樹先生が



近江国小川村出身(現在の滋賀県の湖西線沿い高島市安曇川あたり)



であることを




近江聖人「中江藤樹」のDVD




で知っていたので



研修先が湖西線沿いだったこと



もあり、翌日のオフの日に



中江藤樹先生のお墓参りなども兼ねて訪問




なんか、足を伸ばせばネタになることがよく起こる性分なんですが




ここでも、おもしろい発見がいっぱいありました♪



墓所も記念館



JR湖西線の←湖西線は、東海道本線を兼ねる米原方面の「琵琶湖線」とは違います。乗車時にご注意♪



安曇川(あどがわ)駅



から歩いていける



そして



道の駅「藤樹の里 あどがわ」



からも歩いていける




という素晴らしいロケーションにあるということで




とりあえず、墓所に行こうとトコトコ歩いていくと



ある所から、町並みが古くなり、雰囲気が変わります。



写真は、さすがに墓所なので撮ってませんが



大塩平八郎が感動したように、
 
 
きちんと、今でもきれいにされていました。




その後、




さらに5分ほど歩いていくと




あった(笑)


IMG_2460

黒の混じったのは、大正三色かな・・・。



結構立派なのが泳いでいる・・・。



さっき書いた鯉のエピソードをイメージされてるんでしょうか。

⇔家の近くの小川に鯉が泳いでて、誰かが盗んでも、また他の誰かが「先生が悲しまないように」と鯉を入れていたこと 




続いて、記念館のような建物の中に入ります。



中でウロウロしてると



さっきまで、外にいた人が中に入ってきて




案内しましょうか?




言われたので、



案内をお願いすることに。




この後は、




案内を頼んで初めて分かること




のオンパレ



でした^^


IMG_2462

儒式の儀式の流れ


仏壇(?)の儒式バージョン


建物の紹介
 

 

中江藤樹先生が使っていたという、

 

400年前の激レアな机ですが、シレッと置かれてるので、聞かないとわかりません。


藤樹の名前の由来となった、庭の藤の木のこと
 

 

庭の一角にコンコンと湧く湧き水

 

⇔今でも、タンク持って汲みに来る人がいます。この日もいました♪



そして、この石碑

 IMG_2461

 

案内してくれた人が、元校長先生らしく、
 

 

この石碑を作ることを思いついて、
 

 

石→この石碑の文中に出て来る、孔子の弟子の出身地の貧しい村に発注。ここは、今でも石を売って生計を立てている

 

文字彫り→孔子の出身地の石工に発注
 

 

という、


そして、この筆致は、


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中江藤樹先生の筆致を再現した



らしいのです。


最後の一文字は


忘れていたらしく


日本で依頼したそうですが・・・


クオリティが残念なレベル。


う〜ん・・・


画竜点睛を欠くというのはこのことか・・・。 



 

ともかく、毎日、これを唱和していたそうです。

 



こういう話は、



案内してもらわないと聞けないです。



案内は、地元の方のボランティア




400年経った今でも慕われている



教育の聖地



とでも言うべきでしょうか。 





素晴らしい気分になれました。






P.S. なんか、陽明学は右寄りのイメージがありますが、




  わたくしは 『ねとうよ』じゃないよ〜




あしからず。