ココロの漢方

北海道から小笠原諸島まで全国放浪歴あり、一風変わった経歴の薬剤師「広瀬謙典(けんすけ)」のブログです。漢方薬局にいたこともありますが、生き方を根本的に変えて、自分本来の良さを認めて自他ともに豊かに生きていくことが、より本質的な医療であるという思いがあり、好奇心の赴くまま、色んな経験を積み、様々な分野の一流の人に学んだりしていった経験から、せっせこ溜め込んできた知恵や知識などをつらつらとブログとして書きます(^^)/  結果としていっぱい笑った、元気になった、勇気づけられたなら幸いです。

ホテルの若き料理長から教わった深イイ話 〜放浪時代のはなし〜

昔、放浪していたときホールスタッフを住み込みでしていた

 

某ホテルの料理長は、僕より少し年上の、当時で30前半くらいの人でした

 

若くして、自分よりずっと年上の一癖も二癖もある調理場の気性の荒い男集団のトップになったその方とは

 

従業員食堂で、鉢合わせしたときにいろいろお話を聞き出すことに成功して、

 

今でも心に残っているのでこの機にシェアしたいと思います。

 

 

以下、料理長のお話(口調もなるべく、当時に近づけて再現)

 

 

オレたちの仕事はよう、10年続けられるもんが少ねぇんだ

 

本当に厳しい世界でな。

 

今は、マシになったけど昔は殴る蹴るは当たり前だった

 

でもよう、最初に基礎をしっかりやっておくとな

 

まあ、この数年が本当に辛いんだけどな

 

続けてると、後になってこの基礎が生きてくるんだよ

 

どういうことかと言うとな、基礎をしっかりやった結果

 

応用が効くんだよ

 

ただ、せっかく基礎やってもよ、途中で辞めちまったら意味ねーから

 

 

 

だからよう、とにかく継続だね

 

 

続けることだよ

 

 

と静かに小さな声で、時折何かを回想するように小さく頷きつつ、笑顔で話してくれました

 

 

 

普通、住み込みのホールスタッフと厨房の料理長が会話するなんてあり得ない感じですが

 

僕は、普段からでかい声で挨拶したり、包丁扱ってる後ろを通るときは、

 

後ろ通ります!

 

と声かけてから通ったり、なんでも立ち姿がいいとかで

 

なぜか、このヤクザばりの荒々しい調理場の方々に好かれていて

 

 

料理長も僕のことを知っていたらしく、

 

 

おー、にーちゃん前から見てるけど、元気いいね!

 

 

なんだもう別のところ行っちまうのかよ、もっと、居ろよ〜なあ!

 

 

と、いい感じの雰囲気になったので、わずかな時間しかなかったんですが

 

 

このようなお話ができました

 

 

ヒッチハイクにしても、料理長の言葉にしても

 

 

シェアしないと、出会った縁が生きないのではないか。

 

気づくと、当時の料理長の年に近づいてしまったか、重なってしまったのかという今

 

 

料理長の何気ない言葉を、この場を借りて多くの人に伝わればという思いで

 

 

僕も今やってることをしっかり続けていこうという意味合いでも

 

 

ブログという形を借りて、シェアさせていただきました。

 

 

今回も最後まで、お読みいただきありがとうございました☆彡

 

「与えること」が苦手だった僕が心がけたことと、徳川家康と寺の鐘

 与えることが大切、と言われても、僕は苦手でした。

 

20代までは、全くと言っていいほどこれが出来ずに難儀しましたね。

 

 

できる人が本当に羨ましかった。

 

 

与えないでおいて、向こうから来ることだけはしっかり期待することほど愚かなことはない

 

 

と実感。

 

 

与えるのが苦手でも、どうやって苦手意識が薄れていったかというと

 

 

なんで、与えたくないのか

 

 

を感じるようにしました。

 

 

その結果わかったのが、

 

 

 

目先の損得に囚われてる場合が多い

 

 

 

ということです。

 

 

 

家に友達が遊びに来て、お菓子いっぱい出そうと思ったけど

 

いや、ここで出すと、このお気に入りのお菓子食べれる量が減っちゃう

 

出さないでおこう・・・。

 

結果、お気に入りのお菓子は一人でこっそり食べれるけど、お腹はいっぱいでも、どこか心はスカスカです

 

 

こういう場合は極端でも、まあ、こういうヤツでしたよ、僕は(笑)

 

 

親の影響を結構受けると思うんで、親がバンバン持ってけ持ってけタイプで幸せそうなら、子供もそうなるでしょうが

 

うちは、記憶がないんでそういうことをしていなかったんでしょう。

 

親のせいにしていると、いつまで経ってもダメなので

 

 

もう、冒険するしかないです。

 

 

今までと、逆のことをエイヤッとやってみる

 

 

二度あることは、三度ある

 

 

同じようなシチュエーションで、いつものように目先の損得に囚われそうになったら

 

 

自分の中で抵抗を激しく感じますが

 

 

いつもと逆、えいやっと、どうにでもなれと思いっきり出していく

 

 

渋々ではなく、思いっきりが大切。

 

 

出してみて、あれ? 思った以上になんてことないし、雰囲気もいつもより楽しい。減ったら、また買えばいいやんとわかると、今回は結構冒険した感じがしたかもしれないけど、次からはもっと気楽に出せるようになっていって、弾みがついていく

 

 

最初はお菓子のレベルでも、出していく、与えていくことを訓練のようにやっていくと、始めはたどたどしくても、出すことにだんだん慣れてきて弾みがついてきて、知識や経験レベルでもできるようになってきます。

 

 

 

徳川家康と鐘

 

 

 

のたとえ話が好きで、よくするんですが

 

 

徳川家康が小さいころ、まだ竹千代と呼ばれて今川家の人質だった頃に

 

今川の家臣に肩車されて、キッズ竹千代くんが

 

オッサンちょっと、あの、寺の鐘を動かしたるわいや〜

 

と言ったらしいのです。(知らんけど)

 

 寺の鐘といえば、重厚な金属の塊、重くて大人でも動かすのが大変なもの

 

これを、こんなガキンチョができるわけないやんけ〜と家臣一同笑ったものの

 

まあ、やってみなはれ

 

と、キッズ竹千代くんにやらせたところ

 

気づくと、寺の鐘がぐわんぐわん動いていて、家臣一同ビビりまくったという話。

 

この家臣、桶狭間で生き残ったんでしょうね、この話が伝わっているということは・・・

 

ともかく、キッズ竹千代くんがしたことは

 

重い鐘を、最初は1ミリ動いたものを、戻ってきたときに押し返すと2ミリになる

 

2ミリが4ミリに、

 

4ミリが8ミリに・・・

 

やがて大きな動きになっていく

 

将来、鐘の文字の国家安康で難癖つけることになるのはさておき、

 

徳川家康が好きかどうかは置いといて、好きな逸話です。

 

 

最初は、小さな動きでも続けて弾みがついてくると、大きな動きに変わっていくのです✨

 

 

 

☆10月3日より、ココロの漢方として、ブログ名を一新しました。

 

 

読んで心が軽くなった、面白かったなど読んでいただいた方の心境に少しでも変化があれば幸いです。

 

 

今後とも、よろしくお願いいたします^^

 

 

広瀬謙典

 

 

☆今回も、最後までお読みいただき、ありがとうございました☆彡

後編:ヒッチハイクは人生の縮図!? 学んだ3つの大切なこと

ヒッチハイク前編はこちら

 

blog.omoshiro-yakuzaishi.fun

 

ヒッチハイクのメッカ、用賀のマクド前から始まった関西方面への

 

 

人生初のヒッチハイクですが、やってみて思うのは

 

 

 

ヒッチハイクは人生の縮図

 

 

 

では、どう縮図なのでしょうか、、、

 

 

 

まず、目的意識。

 

 

 

何が何でもこの場所にたどりつくんだという、強い意識が必要です。

 

 

 

前回、 関西方面に向かうだけに東名高速を狙った結果、下道を行く方に乗せていただき、長野へ向かう中央道のインター前のコンビニで降ろしてもらったわけですが

 

 

 

普通、関西人からしたら

 

 

東京→静岡→名古屋→関西

 

 

が王道ルートやし、それ以外あるんかなという感じですが

 

 

今回連れてきていただいたのが

 

 

長野へ向かう中央道

 

 

一見すると、

 

 

そう、一見すると、関西から遠のきます

 

 

しかし、目的意識の再確認。

 

 

関西方面へ何が何でも行くにはどうするか?

 

 

岡谷から名古屋方面へ向かうクルマを探せばよいとわかります。

 

 

それがわかって安堵したのも、つかの間

 

 

暗闇で行き先ボードが、クルマ側から読めない(T_T)

 

 

夜はクルマ通りも少なく、いよいよ停まってくれる気配はありません

 

 

昼にすればよかったとか、後悔する暇もありません

 

 

何が何でも、関西方面へ行くという

 

 

強い目的意識がないと、まだ間に合うし、諦めて夜行バスでも乗ろうかと思ってしまいます

 

 

そこで、思いついたのが

 

 

コンビニに停まってるクルマを、一台一台ノックしてお願いする

 

 

動いているクルマがダメなら、既に停まっているクルマを探す

 

 

通称、ノックヒッチというらしいですが、そんなこと知る由もなく

 

 

一台一台、ノック

 

 

神戸ナンバーのおっさん、ハエでも追い払うかのようにしっしっと

 

 

最後の1台

 

 

窓がウイーンと開いて、会社員風の男性が

 

 

 

おにーさん、どこまで行くんだい?

 

 

 

神や、神降臨や\(^o^)/

 

 

 

 

関西方面へ向かっているんですよ〜というと

 

 

 

あ〜、それなら中央道だと岡谷から行くしかないね〜

 

 

 

と、ちょうど仕事帰りだし、談合坂のSAがこの先で一番大きいからそこまで乗っけていってあげるよ

 

 

 

と、神さま降臨✨

 

 

ヒッチハイクしてるな〜と思ったけど、

 

 

「頼んできたら」乗せてあげようと思ってたよ

 

 

と、見事ノックが功を奏したようでした。

 

 

聞くと、その方は某大手コンビニの社員の方で、自分で買っていた商品を

 

 

あれも、これも持ってけ〜

 

と、いっぱいカンパしてくださり

 

 

談合坂のSAで泣く泣くお別れ

 

 

人の優しさに感激。

 

 

もし、相変わらず動いているクルマを暗闇で「気合で」停めようとしていたら、ヒッチハイク続行は不可能だったと思います

 

 

視点を変えて、動いてるのが駄目なら停まっているものへ

 

 

目的意識をしっかり持ちつつ、打てる手を打っていく

 

 

その後結果として、駒ケ岳などPAを転々として、無事関西方面へと帰れたわけですが

 

 

談合坂でさらに覚悟ができました。

 

 

もう、後戻りはできない

 

 

あとは、ひたすらトイレから戻ってきた人に声がけ

 

 

まず、向こうから話しかけてくれることはありません

 

 

乗せていただいた理由を聞いたら、全員一様に

 

 

 

 

人畜無害そうだったから

 

 

 

 

を挙げておられたのにはびっくりしました。

 

 

当然といえば、当然ですが・・・。

 

 

ヒッチハイクから学んだ人生論を、3つにまとめると、

 

 

・目的意識を強く持って、必ずたどり着けると信じる

 

 

・その中で、動ける行動をとっていく

 

 

・人の縁に感謝する

 

 

やっぱり、ヒッチハイクは人生の縮図でした✨

 

 

奇跡的に、12時間程度で行けました。

 

 

大学の授業に間に合わせようと、関西に入ってたので途中のSAで降りて電車探しましたが、ヒッチハイクにこだわって大学まで行けばよかったかな(笑)

 

 

夜行バスの3倍は時間を見とけというのが、定石らしいので楽観と冬場のヒッチハイクは避けたいですね。

 

 

後にも先にもヒッチハイクはこれが最後になりそうですが、若いうちに本当に良い経験をさせていただいたことに感謝しています✨

 

 

完。

 

ひとこと。

 

YouTubeを見ると

 

ラファエルさんは、事務所が変わり

 

僕らの世代では、はねトビでおなじみのキンコンの梶原さんはカジサックとして

 

他にも多くの人が新しく人生をスタートしている10月

 

僕自身も、

 

 

☆ココロの漢方として、ブログ名を一新しました。

 

 

読んで心が軽くなった、面白かったなど読んでいただいた方の心境に少しでも変化があれば幸いです。

 

 

今後とも、よろしくお願いいたします^^

 

 

広瀬謙典

 

 

☆今回も、最後までお読みいただきありがとうございました☆彡

 

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